郵便雜感

夕霞堂隱士元夏迪

當地三日に投函した年賀状が三通、七日に舞ひ戻つて來ました1。郵便番號を忘れずに、といふスタンプが捺してあります。差出人住所には勿論、宛先、本朝の郵便番號もきちんと書いてあります。家内とあれこれ想像を繞らすに、詰まるところは郵便番號の問題ではなく、郵便局員が名宛人と差出人とを取り違へたのではないか、といふ結論に落ち着きました。

差出人と名宛人とが封筒の同じ面に見えますから、多少は同情の餘地もあります。しかし、それとても當地の書式に傚つたもの。差出人欄は横長に置いた封筒の左隅、こゝに印字します。宛先、名宛人は封筒を縱に置き、本朝の書式に則つて漢字縱書き。日本國○○縣と書き始めます。さらにその右、横長に置き直すと一番下に當たる部分に、ブロック體でWAKAYAMA, JAPAN等と添へ書きします。當地の局員には縱書きも絲瓜もありませんから、封筒の向きは關係ありませんし、抑も名宛人のスペースに收まつてゐます。恐らくはこの部分に未知の文字がゾロゾロと竝んでゐて、きちんと宛先國名を確かめず、讀める部分即ち差出人欄だけを見て、配逹したのではなからうか。

奇天烈な推測に聞こへるかも知れませんが、これに類することは本朝にゐた時分にも經驗してゐるので、妙に合點が行きました。その一件は國内郵便であつた分、更に質が惡かつた。結婚して間もない頃、近所の茶店で求めた紅茶を親戚に送つた折の事です。紅茶の箱を包裝し、上面(といふか、任意の一面)に名宛人、下面(上に相對する面)には差出人を記します。○○縣○○郡○○鶯里樣。東京都○○市○○元夏迪。箱の上下は俄に判じ難くとも(抑も上下に決まりがあるわけでなし)、この「樣」の有無で名宛人の區別はつくはずです。これが出來なかつた局員がゐる。しかも同じ局員が同じ三箱を二度誤つた。

一度目は不審に思ひ、徒歩一分の郵便局に出向き、再送を願ひました。この郵便局は配逹局を管轄する本局とは別の市に位置しますから、直接誤配の事情までは判らない。責任もまあ、ないやうなものです。局員も不審がりながら再送手續をして呉れました。その翌々日、再び郵便受けには箱が二つ。ムリヤリにねぢ込まれたせゐで、びツしやげてしまつてゐます2

勿論再送した筈の紅茶。同じ市内で翌日配逹も出來ない醜態は措くとしても、ちょつとこちらもカチンと來てしまつた。それで再び近所の郵便局に出掛けます。應對に出てくれた局員が先日と同じ(といふか、こゝの局員はみな顏なじみになつてゐましたの)で、こちらが件の箱を手にしてゐるのを見るや、顏色が變はりました。「え、またですか……。ちよつと局長に報告します、問題ですから」。

局長はすぐに窗口に飛び出してきて、平身低頭の平謝りです。「あ、いや、そこまでして戴かなくても。鄰の市の郵便局の責任ですし」「郵便全體の信用に關はりますから、實に申し譯ございません」。五十絡みの紳士にやられると實に辛い。次囘は間違ひなくきちんと屆けさせる、これから直ちに擔當者と責任者とに直談判に及ぶ筈であるから、そこにかけて御待ち願ひたい。さう云ひ置いて鄰市本局に電話を掛けます。

責任者を呼びだし、事情を説明するうちに興奮したのか、文字通りの大聲で「莫迦野郎! 御客さんが今こゝに來て、困つて二囘も來て、なのに、アンタの所の配逹擔當は何やつてんだよ! そいつ出せ、ゐま電話に出しなさいよ。ゐない? 侘びに來させろ。局長名で詫び状持たせて、本人に謝りに來させろ。いゝか次に誤配して見ろ、判つてるな? さうだよ、馘にして貰ふからな。約束したぞ。ゐまお客さんもこゝで聞いてツから。えツ判つたかぃ」。

凄い劍幕でした。その後顏を眞つ赤にしたまゝ窗口に出て來て、再び平謝りの後、次に誤配があれば、どうぞ仰つて下さい、直ちに懲罰を行ひます、擔當者を馘にしますと云はれました。さう云はれたら、却つて來づらくなるぢゃありませんか、と思ひ思ひ引き下がりました。

幸ひ三度誤配することはありませんでした。配逹員も懲りたのでせうか。どうやらさうでもないらしい。確かに局長名の詫び状は來ました。一つこれで御許しをと記念切手シイトのやうな土産まで附いてゐました。それが例によつて郵便受けに突つ込んであつた。我々が在宅だと判つていながら、戸を敲くでもなく、書類を郵便受けに突つ込んで歸つてしまつた。これにも大分カチンときましたけれど、次に何か云へばその配逹員(とその家族)を路頭に迷はせる羽目にもなりかねないし、抑も懲りない配逹員に哀れを催してゐたので、そこでやめにしました。

都内某所のこの問題郵便局は、その後も色々と迷惑をかけてくれましたが、その最たるものは、函館から舅の送つてくれた蟹の扱ひでした。不在であつたから、本局まで荷を取りに御越し願ひたいとの通知に、汽車に乘り、バスに乘つて四十分、本局に行つてみると、冷凍すべき小包を常温で放置してある。保冷劑や氷は溶けてゐる。箱はグッショリ。蟹も傷み始めてゐるせいか、匂ふ。そのデロデロの箱を抱へて電車に乘るのは氣が引けたので、時間はかゝるけれども、自宅の近所まで行くバスに乘る。他の乘客にも大迷惑。後日舅がこれを聞き、苦情を云ふと、何故か我々の元に某局局長名でボトル入りハンドソオプなるものが屆いた。こんな配逹だけは迅速で困りました。

不佞も高等學校の時分に郵便局でアルバイトをしたことがあります。「この局員、大丈夫かい」といふ手合ひが結構ゐて憂鬱でした。常々主張してゐることですが、あの規模、あの設備であれば、一日三囘は配逹に出られます。さうすれば利用者も維持できるものを、みすみす他の手段にパイを讓り渡すとは。それでまた無駄金を投じてあれこれシステムを弄つたりした日には、目も當てられません。特定郵便局やコネ採用が幅を利かせ、特定家系の專有物になつてゐたりもしさうです。明治新政の砌、舊家名族に特定郵便局業務を委ねた功が、怒鳴り込み局長のゐる局のやうに、地域に密着したサアビスの提供だとすれば、罪の部分は、澱んだ人事にあるのでせう。今般の公社化がどのやうに響いてくるか、見物です。

時給三百六十圓(後に昇給して三百七十圓、だつた思ふ)で配逹した日々は愉しかつた。こゝにこんな路地があつたかといふ發見や、通信事業に攜わる充實感がありました。朝早く、自轉車で三十分はある本局に出勤して、前日に仕分けして置いた郵便物を局の自轉車に積み、えつちらおつちらこいで自宅付近の擔當地區に戻り、山坂の多い地區を配逹して囘り、終はれば歸局してまた仕分け、といふだけの單純な日々でしたが、かうした作業の積み重ねで世の中が繋がつてゐるといふのが、何よりも面白かつた。

元朝には出初め式があつて、本局局長訓辭を戴く。その時に暖かい罐珈琲を持たせて貰ひまして。局長曰く元朝早々御苦勞である、各家庭では賀状を御待ちである、怠りなく配逹し、無事に歸局願ひたい、就いては道中も寒からうから、せめて罐珈琲で暖を取つて貰ひたい。その後皆で罐をかざし、乾杯の眞似事をして局を出るのです。豫算で捻出したのか、局長の小遣ひだつたか、偉くシケタ賄ひだよと思ひましたが、今にしてみれば有難い心配りです。その日は特に配逹量が多いため、バイトを使ふ期間中は内勤に囘ることの多い局員も、バイクで配逹に出ます。銀輪部隊、原付部隊が入り亂れて局を出る光景も、今は懷かしい想ひ出です。

1 平成十六年正月、英國劍橋でのことである。

2 「びツしゃげる」は「拉(ひしや)げる」の紀州伊都方言強意形。

平成十六年正月十一日一筆箋
平成十七年九月二十二日修訂上網
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夕霞堂文集/夕霞堂寫眞帖
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