雪花

夕霞堂隱士元夏迪

雪だ。降り止むと白皚々に耀く雪花が、舞ふ間世の中を灰色に塗り込めるのを、昔から不思議に思ふ。

高等學校の入學試驗の朝五時過ぎ、森々と降る雪に、入試の實施が危ぶまれ、兼ねて下逹されてゐた通りにラヂオの周波數を合はせると、番組中、暗號か、新聞の尋ね人欄のやうな唐突さで短く「實施です」。

番組は何事もなく進行し、「ブルーライト横濱」を流し始める。氣味の惡い歌聲が、氣味の惡い歌詞を唸つてゐるのを聞き捨て、降り積もつた雪に脚を突き刺しながら、暗い中を驛に向かつて歩く。疎らな街燈が照らす闇に舞ふ雪の禍々しさ、鈍色に照る雪面の不敵さ。

あの日、西武線は秩父から池袋まで、川越から新宿まで、線路に火を焚き、凍結を防いだ。暗闇に橙の炎がちらちらと搖れてゐた。二十二年前の二月十八日を、今、玉川上水に舞ひ降りる雪を見ながら思ひ出す。

降り止めば白皚皚[はくがいがい]の雪の花舞ひ散り四方[よも]を鈍[にび]にぞ染む

平成二十年正月二十三日一筆箋
同日修訂上網
caelius@csc.jp

夕霞堂文集/夕霞堂寫眞帖
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