懷メロを聽きながら

夕霞堂隱士元夏迪

色々な人がゐる。

昨今は男も香水を(しかも大量に)振り掛けて往來を闊歩するから、一昔前よりも街は汚臭に滿ちてゐる。牛めしやに入つて晝支度をしてゐると、隣に坐つたうらなりのオシャレ君がプンプンいはせてゐる。途端に味が判らなくなつて、オシャレ君に背を向け、丼に集中する。顏を向けた先には、少し年下と覺しき男が、背を丸めて元氣いつぱいにかき込んでゐる。クチャクチャクチャクチャ咀嚼する風情にも少しばかり辟易して、早々に立ち去る。

駒場では學期が始まつたらしく、學生で溢れかへつてゐる。建物をぶち拔く通路は、全て穴クワイヤ(©元夏迪)に占領されてゐる。男女四、五人が團子になつてハモリングして、反響の中で悦に浸るといふ、昨今流行の娯樂だ。通路の數は少ないので、穴クワイヤ同士の場所取りは熾烈なものだらう。このところは本郷にまで蔓延[はびこ]りつゝあるやうだ。

ラヂカセ(?)で大音量の騷音を流しながら、或いは耳から紐を垂らしつゝ、硝子の前で身を捩り恍惚の表情を浮かべる若者の姿も増えた。折角だからすぐ傍に立ち止まり、その踊る樣、その表情をまじまじと觀察してゐると、段々居心地が惡くなるやうだ。この點は穴クワイヤの諸君も同斷である。さうか、これは支那の便所と同じだ、見て見ぬふりが必要なのか。そこで謳つてゐたり、身をくねらせてゐても、人に聽かせたり、見せたりするものではなく、大便室の密やかな營みを、「見れども見えず」のマイルールをば他人にも《外插》して、安全バリヤをはつてエンガチョなのだ。失敬失敬。

歸路、井の頭線の車中、腐女子よろしく小型旅行鞄を牽く一田夫が、黒の背廣のポケットに突つこんだ萬札をはみ出させたまゝ、目の前を過ぎる。おいおつさん、札が見えてるゼと忠告をする前に、さつさと去つていく。驛ビルの扉を開けると、少し後ろに婦人が續いてゐるから、扉を開けて待つてやると、御婦人は不佞に扉を持たせたまゝ、さつさと通り過ぎていく。日本の未來に幸あれ。

机に向かひ、隣室でつけたまゝのテレビから四時間に亙つて流れる懷メロ、バブル期のヒット曲を聽きながら、秋の夜は更けていく。

平成二十年十月七日一筆箋
同年十月十五日修訂上網
caelius@csc.jp

夕霞堂文集/夕霞堂寫眞帖
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