高崎線

夕霞堂隱士元夏迪

闇黒

赤羽驛で高崎線を下り、小田原行きの湘南新宿ライナー快速列車を待つ。疲勞の目で天を仰ぐと墨色である。否、生温い。曇と夜と闇が同時に小さな赤羽驛を押し包み、ざらざらした手觸りを剥き出しにしてゐる。強敵[とも]のゐる北を觀れば、視界消失點は眞つ黒である。暗いなら生活の燈火を彼方に思ひ描くことも出來ようが、あの黒ではどうにもならぬ。ブラックホール……と妄想が擴がりかけたてころでその消失點からライナーの前照燈が黄色の輝きを放ちつつ脱出して來た。

旅情

十一月十九日木曜附投稿「闇黒」の丁度二週間前、下の如きメイルを知人に書き送つてゐます。今週との對比が面白く、引いておきます。

今週も高崎線に搖られて岡部に詣で、講義をして參りました。歸路、高崎線から湘南新宿ライナーに乘り換へる赤羽で埃つぽい北の空を見ると、埃つぽい茜が薄ボンヤリと殘つてゐました。向かひのホームを下つて行く列車には二階建て車輛が連結してあり、何故かその一階に目を惹かれました。北國に向かふ味のやうなものがありました。新宿に戻り、中央線下りのホームへと跨線橋を歩けば、長野行き「あづさ」、龍王行き「かいじ」の表示の下を潛らない譯には參りません。鐵路の彼方、闇の中で明滅する聚落の一軒で、今にも夕飯に掛からうかといふ見知らぬ一家の姿が見えるやうな氣がします。

國境から本國に

あの長距離列車は催眠電波か誘眠光綫でも放つてゐるのだらうか。乘車するとまづ眠りこけてしまふ。起きた後に疲勞と頭痛を齎す轉寝なので、良いことは何もない。不思議である。

長距離列車の歸路、仕事をしてゐたらまた眠氣。素直に眠る。目が醒めると川口[かはぐち]。廣い河川敷に水量の豐かな荒川。橋の上に出ると空が大きく開ける。西は晴れた。薄墨の山竝が見えてゐる。傾いた陽が皓々と耀き、水面を照らし、いよいよ大觀である。少時、父に連れられて遊んだ多摩川の川縁を思ひ出す。暮れ殘るといふには早すぎる十七時四十分、東の空も晴れてきた。

平成二十一年十一月十九日一筆箋
平成二十一年十一月二十日一筆箋
平成二十三年六月九日一筆箋
平成二十三年六月十日一筆箋
平成二十三年六月十二日修訂上網
caelius@csc.jp

夕霞堂文集/夕霞堂寫眞帖
inserted by FC2 system