城裡の散策

夕霞堂隱士元夏迪

「もしもし元夏迪、カレエ食べに行かうぜ、カレエ」。キプロス人君からの電話で目が醒める。「なんだ寢てたのか、惡い惡い」。

彼が不佞の寢込みを叩き起こすのは毎度のことだ。電話を掛けるたびにこちらが寢てゐるといふ位の間の惡さ、もとい、タイミングの良さ。彼が惡いのではない。をかしな時間に惰眠を貪るこちらの餌食になつてゐるだけのことである。十一時半。今囘も至つて平凡な時間である。晝食の約束。些か唐突ではあれ、これまた至つて平凡な日常である。しかも晝に激辛印度カレエ。實に至つて平凡な獻立である。とまでは流石に云ひかねるが、突拍子もない誘ひの電話で、目出度く起床の運びとなつた。

「あいつは昔ツから本當についてゐなかつたからなあ」と笑つた、同君の舊友で自稱「ラッキイ過ぎて困つちやふボオイ」(コロファルドス)のパヴロス君のことを思ひ出しつゝ、突然決まつたカレエ屋詣で。攝政通りの店舗で待つこと暫し、キプロス人君夫妻がやつて來る。こちらの顏を見るなり「今度豫定表を呉れ、電話の時間を選ぶから」。苦笑ひする同君の言葉だ。傍らに佇む奧方は、同君がもてる限りの運を傾け盡くして射止めた御婦人だ。同君の大事な貧乏神(?)だ。

やはり晝からカレエは重かつた。消化に手間取るのか、なかなか胃は輕くならない。腹ごなしを兼ね、夫婦二組、上天氣を幸ひに、市中の徘徊と洒落込む。攝政通りからシドニイ通り、橋通りで川縁に出て耶蘇緑地に道を辿る。大きな並木は一定の角度に傾き、長い風雨の年月を偲ばせる。

その竝木道を拔け、ミッドサマアコモンなる牧草地に足を蹈み入れる。彼方には川縁に竝ぶ各黌の船艙、川には水上生活者の船が舫ひ、やゝ右手に目を轉じれば、なだらかにうねる草地の一角に、茶と白との斑の牛が數頭草を食んでゐる。拔けるやうな高い青空に、風が出る。劍橋では既に夏も近い。

「うわー大きいナー」。喚聲を上げつつ牛を圍む。姙娠してゐるのか、壁のやうな體つきだ。首と頭だけで、優に大人一人分の重さはあらう。その大きな頭を持てあまし氣味に、舌で青草を舐め切つて行く。ワシャ、ワシャといふ舐め切る音に混じつて、遠くで凧揚げを試みる少年の叫び聲が切れ切れに聞こえて來る。

牛がゆつくりと踵を返した。尾がこちらを向き、續いて心持ち尾が持ちあがる。

ブリブリブリブリビチブリブリビチチチチチ……

一メートル五十センチはあらうかといふ、巨大な糞を垂れての大歡迎に、歡迎されるこちらも狂喜亂舞だ。

「うわつ!」と目を背けてしまつた愚妻。

「ほお」と感歎の聲を上げてしげしげと鑑賞する不佞。

「おーーーーーーーつ!!!! アイツは判つてゐるツ! 向きも角度もバツチリだ!」とはキプロス人君。

「ギャーーーッ! きーもーちわーるーい!(yuuuuuuuuck, diiiis-guuuus-tiiiiiiiing!!!)」と令夫人。云ひながら「ほらほら見てあなた、あれあれ!(ade, ade, kitaxe afto 'ki!)」と大はしやぎ。

よいものを見せて貰つたといふ昂奮冷めやらぬまゝ、ミッドサマーコモンを後にする。小修道院通りに不思議な石造建築を見つけ、その扉に向かつてサッカーボールを蹴つて遊ぶ小太りのイングランド少年に用途を問ふ。曰く廢寺なりと。どこにも十字架はないね、變だねえなどと話ながら歩き始めた我々に、こゝに首なしの屍體が埋まつてゐるンだよ、向かひの二件は幽靈屋敷だよと、五月雨式に少年は話して寄越す。子どもの話し方はいづこも同じだ。

少年に禮を述べ、なんだか黒魔術と關係のありさうな話だ等と語り合ひつつ、茜がかつて來た光線に、家路を急ぐ四人。傍らには、The XXX Shopが侘びしく建つてゐた。

數年後、こんなことをも懷かしく思ひ出すことであらう。とある日曜日の晝下がりである。

平成十五年四月十五日一筆箋
同年四月二十三日修訂上網
caelius@csc.jp

夕霞堂文集/夕霞堂寫眞帖
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