リハビリ

夕霞堂隱士元夏迪

大學に出て、英國牛津から來朝した羅馬史學者の講義を聞く。先日久振りに本郷へ行き、研究室の前でこの仁にバッタリと遭遇し、ついその場の雰圍氣で「御講義に御邪魔しますから」と口を滑らせたのが運の盡きと諦め、メイルで囘つてきた報告原稿を下讀みして臨む。

未知の地域の未知の分野を扱つたものである。質疑應答を含め、講義は百八十分に限られ、そのため一見概説風の文章に籠もる含蓄は深厚であり、下讀みにも手間取つた。

報告が終はり、質疑應答に移る前の中休み、學部の頃に世話になつた希臘史の泰斗が、態々隣の席にやつて來た。近況報告旁々、互ひに雜談を交はす。不佞の境涯に同情を寄せてゐるやうだ。師とは有難いものである。

研究會に出てゐれば、顏を憶えてくれる人もあるだらうし、顏を忘れる人も減るだらう、これまでは網上で閲覽できた學術雜誌も、先般その資格を喪ひ、今後は否が應でも大學に來て、複冩を取ることになる、外氣を吸ふ機會にもなると應じる。希臘史家翁もそれが何よりだと肯ふ。

「それに、偶に外出すると腦にもよい刺戟になります。家に引き籠もつてばかりゐると、歸朝で頭が惚けたところへ來て、さらにまたボンヤリしてしまひます。御覽下さい」

と云つて、手許に置いた牛津大學教授の報告原稿を示す。翁は一瞬ぎよつとする。周圍で我々の遣り取りを横目に窺つてゐた研究者逹の會話も止む。

「今日はヰンドランダ出土文書の御話を伺ふと知つてゐながら、ヘレニズム時代から羅馬帝政期にかけての埃及を扱つた別の原稿を印刷して讀んできたくらゐですから、ボンヤリも相當なものですよ」

翁は我に返つて笑つた。講義の内容に滿足してゐた不佞も、翁に釣られて笑ふ。苦笑は軈て朗笑となつた。

平成十七年九月二十四日一筆箋
同日修訂上網
caelius@csc.jp

夕霞堂文集/夕霞堂寫眞帖
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