小學三年の頃、塀の上を疾驅する最中に足を踏み外し、二メエトル下の地面に落下した。咄嗟に左手を出し、それで全體重を支へようとしたら、骨に罅が入つてしまひ、爾來猿腕である。
御蔭で待ち焦がれた大阪城見物の際にも、左腕はギプス卷きだつた。大きな蛸石の前に佇んでも、白堊の天守に登つても、心は樂しまなかつた。引率の叔母が大判の繪端書を買つてくれる。光化學スモッグを溶かし込んだ大阪の空が重い。
再び叔母に聯れられて、大阪城に游ぶ。前囘とは打つて變はつて、城郭は凋み、育徳園をやゝ小振りにした規摸である。その陰翳は名主の瀧公園を思はせる。
大手門から碧色の自家用車を天守臺脇に付ける。嶢と聳える名建築を仰ぐ。天守地區が窮屈で、仰ぐ首が痛くなる。高さを實感して登樓に及ぶ。内部には入らない。新機軸である。右手に周り、坂道を登る。アスファルトで舖裝した道は廣いが、傾斜は凄まじい。
漸く頂上に辿り着くと、左手の斷崖に薄い天守閣が貼り付いてゐた。大阪城の大天守も、實際には斜面を利用したトリックアァトだつたのか。己の無知を羞ぢる心が深い分、蒙を啓かれた喜びも一入である。
天守閣の頂上裏手に隱れた公衆便所で用を足し、停めてあつた瑠璃色の自家用車の助手席に颯爽と乘り込んだ。