颪に

夕霞堂隱士元夏迪

十五日木曜、通勤電車で北本[きたもと]を通過する時に、周圍を眺めて、甘肅省酒泉に似た感じを見附ける。平で、奧まつたあたりに、何かの潛んでゐる氣配がする。向かうに見える立木が床しく佇んでゐる。酒泉の甘泉公園を想起したのかも知れない。

籠原[かごはら]で乘り換へると、跨線橋の階段には着ぶくれた婦人が數人、體を搖すりながら汽車を待つ。站臺に立つの億劫であるらしい。發車を待つ高崎線下り列車も、扉の開閉を手動に切り替へてある。武藏野下[くんだ]りから辿り着いた身には不思議でならない。そんなに寒いか。

勤務先最寄り驛に着く。冬晴れの氣温は都心よりも三度ほど低さうだ。そこに吹く凄まじい澄んだ風。有名な[おろし]なのであらう。籠原婦人團はこれを避けてゐたに違ひない。しかし颪と蝨[しらみ]はよく似た字だよな、いや、似てゐないのに、昔からよく似た字だと思つてゐるよな、何故かしらと思ひつゝ、補講を待つ學生の許に向かつて、人影も疎らとなつた畔道を急ぐ。

寒風に搖れる陽光と、校舎の彼方に見える山竝みが、河西廻廊の城邑と祁連山[きれんざん]によく似てゐたと氣づくのは、歸途の上り列車で微睡[まどろ]みながら見た夢の中でのことであつた。

平成二十一年正月十八日一筆箋
同日修訂上網
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夕霞堂文集/夕霞堂寫眞帖
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