緒形拳

夕霞堂隱士元夏迪

西友小手指店駐車場に設置された夜の野外映畫スクリーンで『火宅の人』の濡れ場を熱演する姿が、通りすがりの中學生の目を釘附けにした緒形と出會つてから、五日の急逝に至るまで、隨分と樂しませて貰つた。

NHK特輯『大黄河』のナレイションの泥臭さは、先行した『シルクロード』の石坂浩二にはない味があり、その味は『プラネットアース』の「バイソンだ」の名文句(と不佞が勝手に認定したセリフ)にまで健在であつたし、大河『毛利元就』の尼子、『風林火山』の宇佐美を、いづれも男臭い武將として演じながら、そこに全く違ふ人格を體現して見せたのは、見事の一語に盡きた。

昨十日、NHK綜合テレビジョンで放映した『帽子』は、その緒形が老人の心の襞を淡々と、着實に形にして見せた佳品である。形にして見せたといふよりも、かすかにそれと匂ふ演技と云ふべきか。廣島を愛して已まないカメラワークを存分に助けた演技であつた。名優を亡くしたことを、今更ながらに思ひ知る。

この俳優を見る度に親父を想ふ。親父は親父で己の親父を想ふらしい。

平成二十年十月十一日一筆箋
同年十月十五日修訂上網
caelius@csc.jp

夕霞堂文集/夕霞堂寫眞帖
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