昨十五日土曜、友人と本仁田山に登る。日原街道を通ふ度に見上げた大岩壁が、足許に見える。尾根道の西は廣葉樹、東の斜面は針葉樹で、葉の落ちた西側は明るく、秩父の空が開けてゐる。
朴と覺しき巨大な葉が橙に乾いて、一枚また一枚と散つてゐる。落葉の音が意外にも大きく、我々の他には人影のない午前の山中で、殊の外強く耳朶を打つ。搖落を形容して「錯落」となすは、そのサクラクなる音が葉の落ちる音を寫せるものなればなりとは、いづこで讀んだ註釋であつたか、俄に思ひ出すことはできぬものゝ、「何を莫迦な」と一笑に附したその時の己の不明を恥ぢつゝ、急登を攀ぢる。
奧多摩の山には珍しく、登山道入口の標識に、杖が澤山立てかけてある。杉の枝を拂つたゞけの簡素なものだ。これまた不佞には珍しく、この杖を借りて山中に入り、その有難味を痛感する半日となつた。鳩之巣棚澤聚落の外れで、この杖と別れる時には、流石に多少の感慨なきを得なかつた。