南國の全手葉椎が

夕霞堂隱士元夏迪

上水の堤に傾きかけた陽が當たり、水面近くからひよろ長い木が一本伸びてゐることに、今更氣づく。

幹は細く、周圍には樹齡三、四十年くらゐであらうか、まだまだ細身のや各種の槭樹が立つてゐて、これに紛れてゐるから寫眞に收めてもなかなか繪にはなるまいが、姿がいゝ。樹影が纏まつてゐるせいだらうか。蓁々たる葉の附き方も氣持ちがよい。

あれはの木だらうなと見當を附けて、歸館後に網上圖鑑を紐解いてみたら、どうも全手葉椎のやうに見える。國内では暖かい所に自生する樹木ながら、近年では街路樹で方々に植わつてゐるとの由。堤にもかなり植わつてゐる。中には相當の巨樹もある。本當に全手葉椎なのだらうか。

植物の名前には蒙い。小學校三年まで近所の小父さんに教はつた程度の知識で足蹈みをしてゐる。小學校二年生の時分だつたか、農工大學の學部生が主宰した「サマースクール」植物採集班に參加して、そこでも構内に植わつてゐる植物を見せて貰ひ、かなり珍竒なものまで教はつた筈なのに、殘つてゐるのは參加した記憶と、觀察に使つた子供向け攜帶用植物圖鑑(サマースクール終了後に購入した)、姫女宛[宛上草冠]とか何かの色褪せた押し花だけである。

椎に拘る理由は他愛ない。(恐らく)生まれて初めて上つた木が、某團地の敷地に聳える椎だつたのだ。蛇足ながら、初めて落ちた木は、紀州の本宅に植わつてゐる柿の木である。

平成二十年正月二十七日一筆箋
同日修訂上網
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